牧神

首をかしげて
金の眼がたずねる
深さのしれない湖の辺

のいなさいあをくぼぜな
のいなことくぼぜな
?のいなこ のいなこ のいなこ

水面を渡る風
葦笛の距離
あいのつわもののわらい

梢にひとつ、またひとつ
金の予感がひかるころ
だれも聴いたことのない
歌を口につめこんで
花野のかげに佇む子
アスターよりもちいさな子

だれもかれも
あの子にかまうひまがない
秋はせわしく過ぎてゆく
空をあおげば
天使たちが銀杏の枝を叩いてまわっている

白つつじ

ひかりにぬれて
白つつじの歌

どんな問いにも
こたえずに

どんなやさしさにも
撓まずに

日に焦がれ
ただあえいでいらっしゃる

ふらここ

草が
黄金の
ひかりのほうへのびるとき
夕べの風が吹きつけて
また影のなかへ
たおれふす

ただそれだけを
くりかえす
思わじの庭
風のあそびよ

時の天使が
ゆるすだけ
丘のふらここ
こいでいよ

佳日

わたしたちは帰ってくる
かがやく夏の雨となって
朝顔や葛の花を滴りおちて
くちなしやばらのかげのなかに
沈んだ青い香りとなって
沙羅の花を手にうけて
耳をすます透明なものとして

あかるい湖面を
あかるい舟の底がゆく

その舟に
ま緑いろをとかした
夏の影をみんな積めば

ほどなく
正午の鐘も沈む

野ばら

生まれるまえにみた夢は
しらないひとの
澄んだ涙
野ばらの茂みに落っこちた。

とりもどせはしないけれど
帽子を風にあそばれながら
はつ夏ごとに
ばらの木を見に行く。

落日

夕方は
がらす壜の細く
括れたところをくぐる
沙の粒がよく見える

はるかな丘陵へ
畑の縁に沿って咲く
白いアイリスの花叢も
ゆっくりとこぼれながらきれい

つきみそう

そちらの太陽は
みごとな群青の月に似て

住人たちはみなもの言わず
手製のランプをなりわいとし

つる草の寝台にねむったなら
ふたたびめざめないという

小石

わたしの手のなかには
たったひとつの小石がある

何の役に立つだろう
投げすててしまえば
この世界でいちばん小さな
小さな垣根がくずれるだろう

うつくしい夜にも
おそろしい夜にも
わたしの手のなかには
たったひとつの小石がある

何の役目があるだろう
投げすててしまえば
この世界でいちばん小さな
小さな橋がくずれるだろう