緑のばら

木々の向こうから
だれかが呼ぶ声がする
つぎつぎに咲く
ばらに見入ったふりをして
わたしはいつまでも答えずにいる

ここにいるわと言ったとたんに
あなたは消えてしまうのでしょう

水の底には
緑のばらが咲きつづく

秋の森は
ばらばらの
鍵でいっぱい
指に
ひろった
音を聞く
奏でられ
なかった
ミューズの
腕骨は
脈絡のない
単音の
うつくしさで
満たされる

月日

筆が遠くなってしまいました
「元気です」と方々に手紙を書きたいのに
途切れることのない月日のなかに
深く聴き入って
長い楽章の途中で席を立つことができない人のように

梢を流れる雲
太陽のめぐり 時の鑿の音 そのなかにひそむ
ひとつの響きを

それが遠ざかり消えてゆくのなら
最後まで聴きもらすことがないように

近づいてくるのなら
それが呼ぶ一瞬に
答えそこねることがないように

牧神

首をかしげて
金の眼がたずねる
深さのしれない湖の辺

のいなさいあをくぼぜな
のいなことくぼぜな
?のいなこ のいなこ のいなこ

水面を渡る風
葦笛の距離
あいのつわもののわらい

梢にひとつ、またひとつ
金の予感がひかるころ
だれも聴いたことのない
歌を口につめこんで
花野のかげに佇む子
アスターよりもちいさな子

だれもかれも
あの子にかまうひまがない
秋はせわしく過ぎてゆく
空をあおげば
天使たちが銀杏の枝を叩いてまわっている

白つつじ

ひかりにぬれて
白つつじの歌

どんな問いにも
こたえずに

どんなやさしさにも
撓まずに

日に焦がれ
ただあえいでいらっしゃる

ふらここ

草が
黄金の
ひかりのほうへのびるとき
夕べの風が吹きつけて
また影のなかへ
たおれふす

ただそれだけを
くりかえす
思わじの庭
風のあそびよ

時の天使が
ゆるすだけ
丘のふらここ
こいでいよ

佳日

わたしたちは帰ってくる
かがやく夏の雨となって
朝顔や葛の花を滴りおちて
くちなしやばらのかげのなかに
沈んだ青い香りとなって
沙羅の花を手にうけて
耳をすます透明なものとして

あかるい湖面を
あかるい舟の底がゆく

その舟に
ま緑いろをとかした
夏の影をみんな積めば

ほどなく
正午の鐘も沈む

野ばら

生まれるまえにみた夢は
しらないひとの
澄んだ涙
野ばらの茂みに落っこちた。

とりもどせはしないけれど
帽子を風にあそばれながら
はつ夏ごとに
ばらの木を見に行く。