忘れられた宮殿

昔、キャラバンがあったのよ
月の光に照らされて
駱駝に乗って砂漠をゆくとき
パパの膝から転がり落ちたの
そしてみんなは行ってしまった
わたしを置いて行ってしまった

更紗のような砂の丘に
埋もれた幼いわたしは
蠍の赤い口づけと
蛇の黄色い子守唄で
深い眠りへと誘われる
けれどその時見つけたの、
オパアル色の宮殿が
砂漠の向こうに立っているのを

城は歌うの、小さな声で
大きな声で、くり返しながら
波が砂を洗う音
それが歌のすべての音節
わたしは思った、ここは浜だと

蟹の化石に貝の抜け殻
打ち捨てられて干からびて
青天井を見上げれば
まばゆい星も掛かっている
城の奥には玉座があって
つめたい石の膚に触れると
焼かれた手のひらがつうっと
気持ち良くなるの

わたしには分かった
その玉座と宮殿とそしてこの砂漠のすべてが
わたしのものだということが
それから幾つの年月が
過ぎて行ったことだろう
オパアル色の宮殿で
石の玉座に腰かけて
夜のキャラバンと蠍と蛇を
見守りつづける、わたしの膚も
オパアル色にかがやくの

空の妹

空に宮殿があることくらい
うちの猫だって知ってる
たそがれどき
鏡の上をすべっていく
薄桃や、薄むらさきの
壁のうち側で鳴っている白い音楽のこと
楽隊がいるのです!
そして、わたしの妹がいるのです
妹はもちろん
宮殿のお姫さまで
猫を飼っているの
きょうだい猫を
そしてわたしたちはたぶん
好きな食べ物も
好きな絵描きも
好きなひとの名前もおなじ

けれど空の宮殿は
天をめざしていつも旅をしなければならないから
白い煙を吐く工場の下で
一匹の猫とわたし
好きな食べ物も
好きな絵描きも
好きなひとも
ひとりで探しにいくしかないのです

子猫と青いばら

子猫よ!
わたしが大人になるころには
あなたはもう、年老いて
あの国の青いばら、
目のなかに映している

子猫よ!
時のびっくり箱はほんとうに驚き
ほとんどの時間ねむっていたけど
あなたはきっと無罪だわ
あの国の青いばら、
どうか守っていておくれ

どうかそばにいておくれ

赤い灯

緑の四角い森のなかに
セイレーンがすんでいた
その子は尾っぽをバタバタさせて
わたしにせがんだ
「友だちにして!」
わたしどうしてかしら「だめよ」といった
いじわるね
訳もないのに

緑の四角い森のなかに
ある日赤い灯がたくさんついた
セイレーンがしんだんだって
わたしは泣いたりしなかった
だけどその日森のおくで
小さな砂浜を見つけたの
その先に何があったと思う?

海よ

雲が地球をすっぽり
覆ってしまうと
わけがわからなくなって
星の回想がはじまる
馬が馬になる以前のことや
海のあけぼの
はじめて出会った大気のこと
そんな調子だからわたしは
部屋の引き出しをしっかり閉じる
ここは洪水になるのよ
ほら、降り始めた!

銀の魚

もう詩が 詩が
溺れてしまうようなモネの海で
魚になれたなら!
洞窟のある岬の
上にひとつの家があって
あこがれの人間がひとり
暮らしていたら!
夕方には詩を
聞くために飛び跳ねる
ほんの小さな銀の魚に…

青いギリシヤ

青いおそらのギリシヤ彫刻
小指がすこし欠けている
ラブラドライトでできている

青いおそらのギリシヤ彫刻
おめめがとおくの銀河を見てる
黒曜石でできている

青いおそらのギリシヤ彫刻
あなたの肩の波うちぎわで
ハアプの音をかきならす

抱いてみても
笑ってみても
なにもいわないギリシヤ彫刻
青いおそらの宮殿で
つめたい白いギリシヤ彫刻

百年

それは百年の昔
一輪の薔薇が枯れたのよ
誰の目にもつかないところ
乳白色の壁のむこうで
犬は小鳥を追いかけて
子どもはミルクを運んでた

サーカスのブランコ乗り

テントの屋根の裏の影が
いくつかいくつか蠢いている
いつか一つの大きな穴開け
天井のない夜空の下で
ブランコを漕ぐ夢

吹き込む風が絵本をめくる
重ねた指が照らされて
子どものままの白鮮やかに
遠い国の境にまたたく
水たまりばかりの国の境に

テントの屋根の裏の影
一つひとつ揺れては消える
明かりもないのに照る影は
円形舞台のうしろの箱に
集まって今夜も幕が開く

テントの屋根の照明にすら
届かない手を伸ばし伸ばし
まぶたに落ちる光の先に
つかんだピエロの手は温かい

三回転が宙を舞う
割れる拍手の聞こえぬところ
ブランコの上でキスをする

春の雨

恋人よ
まぶたの裏に
どんなに美しい景色があるのか
いつか教えておくれ

この春の日
透きとおるわたしの体は雨の中
窓を打つ小さなメロディを
書きとめることもしない
恋人よ

たわむれに
庭に咲いた小花の群れに
身をゆだねたまま寝息をたてる

いつか明日を教えておくれ

この永遠の春の日よ
いつか明日を教えておくれ