131110 星の臍岩

昼、アリス・リデルと一緒に、空にほど近い草原にいる。
先は崖で、その向こうには谷と山、また草原が広がっていた。
私たちの立つ丘の上には円柱形の大きな岩があり、その上に登れば辺り一帯を見渡すことができそうだった。
私はアリスを呼びながら岩へ向かう。
強い風が吹いていて、何度も斜面を転がり落ちてしまった。
何とか攀じ登り、最後は鳥のように飛翔して岩の上に降りる。

「見て、なんてすばらしい眺めなの」
まるで星の臍にいて、ここから見える世界は生まれた時のままであるかのようだった。
アリスに言う。
「この岩は、遠い昔から地球の土台をしているうちに中が空洞になってしまったの」
だから、岩は独楽やゆりかごのようにかすかに揺れている。
私たちはその揺れに身をゆだね、心地よい気分で目の前に迫っては遠のく景色を眺めた。

「あそこに畑がある」
視界の一角に田園があり、枡目のような生垣で仕切られた畑では、さまざまな色や形の鉱物が育っていた。
私たちは「世界」の入り口にいる。ふとそう思われて胸が鳴った。
「土台」に跪いて身を乗り出すと、眼下の草は緑色に明るく、あまりにもリアルにそよいでいた。

220623 アトリエ

夕暮れ、小さな白い部屋にいる。
三方の壁はガラス張りで、雲ひとつなく透きとおった薄暮の階調が広がっている。
向かいの壁の奥に扉のない出入り口がある。
中央の大きな四角いテーブルが空間の大部分を占めており、ひとりの女性が何か作業をしていた。
私は窓のそばにいて、彼女と英語で会話する。
ここは彼女のアトリエだった。
テーブルの上には何もなく、その人が何をつくっているのかは分からない。
やがて部屋は宵闇に沈んでいく。
天井を見上げると、照明はなかった。
「ここ、灯りがありませんね。暗いけど大丈夫ですか」
とたずねると、
「ええ、だって、これが夜ですから」
とその人は答える。
窓の外ではまだ仄かに発光している空がさっきよりも澄んでいるような気がした。
その人は薄闇の中、テーブルの上で透明な砂でも集めるように手を動かしている。

230402 白い人

薄曇りの昼、都市のビルの一室で働いている。
大勢の人々が辺りを行き交い忙しない様子だった。
私も何かを急いでいたような気がする。

ふと窓の外を見ると、一瞬大きな白い影が視界を遮り、我を忘れる。
傍にいた男性はそのことに気づかず、何か別の仕事のために私を部屋から連れ出そうとする。
「急がないと」
「たしかに、急がないと……あの人が来たんだもの。あの人、あの白い人……」
窓の外には灰色の街を背景に舞い上がる人間ほどの大きさの真珠白のモルフォ蝶がいた。
蝶はビルの屋上に降りたようで、居ても立ってもいられない思いに駆られる。

240206 子竜

昼、澄んだ空に向かって聳える雪山の麓にいる。
たえまなく踊る風には山頂との距離はないのだと思う。
その風の一部のように、眼の前に一頭の子どもの竜がいた。
まだ蛇ほどの大きさしかないけれど、なめらかな青緑色の鱗に覆われた細長い体を縄のようにくねらせて、宙に浮いている。
「山との間に子を産んでしまった。それもそうだ」
と思う。
私たちは愛し合い、私たちの愛するこの子は竜なのだ。

240102 雪山

深い青空の下に純白の峰々が連なっている。
そちらに向かって飛んでいるのか、ただ正面から風が吹いているのか、体を取り巻く大気はとめどなく後ろへ流れていた。
荒々しくもなめらかな地形の特徴を眼でなぞり、その美しさに打たれながら、心を砕かれていく。
声が聴こえる。
百合の花が話すとしたらこんな声かと思われる、やさしい声だった。
「わたしはあなたを愛している。
けれど、ここへきたらあなたは死ぬ」

230703 盗賊

朝、母校の小学校に似た古い建物の中にいる。
体育館にあたる場所に広い書斎があり、持ち主が去って長い歳月が経ったか、あるいは今まさにその人が去るところで、これから廃墟になる場所だと感じる。
部屋には数名の知らない若者たちがいる。彼らは盗賊だった。
木製の大きな机の上には真鍮の文鎮や紫水晶が載っている。
抽斗をひらくと、ロケットか懐中時計のような曇った金色の丸い物がいくつか綺麗に並べられており、その下には読めないほど古びた紙の束が伸されていた。
「こんなに古びているけど、まだ持って行ける物があると思います」
と、盗賊たちに言う。
彼らはこれらの品々に対する感傷などは一切抱かないのだろう。
若者らしい軽やかな身のこなしで、辺りを囲む飾り棚の中の鷲の羽や色彩のない天球儀を眺めてまわっている。

230722 彼らを魚に

昼、透きとおった建物の中に大勢の人がいて、何かの催しをしている。
奥の暗い部屋——夜だったのかもしれない——で他のことに気を取られている間に、隣の明るい部屋では嵐が過ぎたらしい。
部屋は入り口の一角を除いて、はてしなく続く眩い海辺だった。
波打ち際に知らない男性が一人倒れている。
雷に打たれたのだ。
彼の体は半ば波に沈み、少し離れたところから心配そうに彼を見つめる人々の足元も、寄せる波に浸かっている。
幸いにも彼は生きていた。
長い黒髪は先端が焦げていたので、近くにいた人が毛先をハサミで切ると、全体が少し短くなり、蘇るように美しく波打つ。
生きてはいたけれど、なぜか彼は魚になる必要があるらしかった。
ふと、彼の妻はどうなるのだろうと思い、集まっている人々の中に目をやると、幼児を抱いた女性がいて、目が合うとうなずき、夫と共に自分も魚になる、と言っているような気がした。

私は一匹の物知りの魚に連れられて、「魚の神様」に彼らを魚にしてもらえるよう頼みに行く。
明るい波間を小さな魚になって泳いでいくのは、とても心地よかった。
沖合の水面に可愛らしい「魚の神様」が銀青色の顔を出していて、一語一語丁寧に、
「彼らを魚にしてください」
と頼む。