June 2023

空の薄氷が剥がれ落ちて瘡だらけの瑞牆はきれい
ひざに蓮華躑躅をこぼして雪の高天原は微笑む
光は無色に思えども障子を閉じた川辺の室はまみどりいろ
硝子の文鎮のような水塊が蓮の葉を押さえて震える
なみだの縁の岸辺のようなガーゼタオルの柔らかさ

May 2023

幸いのわけを問われて福々たる月を仰いでも、無言
川なき川の青草を押し倒して水流と風が野を下る
あの木は何と指されてみるほうに遠い白い花ざかり
しばし道をゆずる甲虫がたんぽぽの綿毛を負って歩く
まっしろなアイリスの影はどこにあるのか白雲が積みかさなる

April 2023

湖のあちらからこちらへ水鳥の眠りが移動する
黄水仙から太陽が生い太陽から黄水仙が生う
二羽の鷺が田園をのぼり山へ帰ると雨が降る
赤子のちいさな足裏を押せば真剣な顔で踏み返す
やがて重い緑に溶け合う新葉の色はまだそろわない

March 2023

午睡より覚め年も名も忘れている白昼のひかり
山にも成仏があるのなら頂から舞い上がる雪は魂
出会った牡鹿はながく動かずやがて傷ついた脚を擦る
小川に残る木片のまわりで水の縞模様が踊りつづける
穂高の高みの雪を踏み夢と季節をとり残す

February 2023

室の闇の中にもヒヤシンスの白い香りがここと笑う
浴室の鏡のあちらとこちらをシャボン玉がのぼり弾ける
下草のように楡の木をしたたる雪解けの雫に共にぬれる
白濁の湯のなかに一掴みの雪を沈めれば水晶の骨
白く萎れたみずからの花をヒヤシンスが抱いている

January 2023

風に舞う白いばらの花弁をどうしても灰と思えない
なんとはなしに洋琴の椅子に座ればほどなく日暮れる
湧水にひたした米粒を火にかけ混ぜる素朴なまじない
湖生まれの霧がそっと岸辺へあふれ出て野は潤む
珈琲カップの底に焦茶色の蝶が張りついて残される